2022年1月13日木曜日

2022年1月13日の聖句

あなたの救いを愛する人が「神は大いなるかな」と、絶えることなく言いますように。(詩編70:5)
忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ、声をそろえて、神をあがめさせてくださいますように。(ローマ15:5~6)

どのような集団であっても、心を一つにするというのは、言葉以上に難しいことであると思います。家族でも、何かの組織でも、国家でも、あるいは教会でも。皆の心が一つになる、一致して同じ方向を向くというのは簡単なことではありません。誰かに我慢を強いたり、誰かの声を押し潰したりするということが多くの人の気づかないところで起きがちになってしまうことが多いのではないでしょうか。
例えば昨今のコロナの受け止め方一つを取ってみても、本当に人それぞれ違っていて、誰かの感覚を基準にして「大丈夫だ」と言ったり、「不安だ」と言ったりしても、皆が同じ感想を持っているわけではないので、結局は誰を基準にしても無理が出てしまいます。コロナに限らずいろいろな場面で、自分の感覚を当たり前と思わない慎重な見方が必要なのだと自戒します。
しかし、だからと言って私たちがただ単にバラバラなだけなのだとしたら、それは悲しいことです。しきりに社会の分断ということが叫ばれ、指摘されています。確かに私たちはいろいろな意味で分断されてしまっているのかも知れない。しかし教会は、他のどこがバラバラになってしまったとしてもなくなってしまうことのない一致点を持っているのではないでしょうか。今日の二つの御言葉はそのことを伝えます。
「あなたの救いを愛する人が『神は大いなるかな』と、絶えることなく言いますように。」「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ、声をそろえて、神をあがめさせてくださいますように。」私たちは主イエス・キリストの愛を頂き、この方に救って頂いたという確固たる一致点があります。だから、私たちは神をあがめ、神の偉大さをほめたたえ、心を合わせ、声をそろえて、祈り、賛美することができるのです。私たちはその点で確乎として一致しています。キリスト御自身が私たちの結び目なのです。
聖霊が同じ神への愛を私たちに抱かせてくださるから、私たちは一つです。この傷ついた世界の中にあって、共に一つの心で神を賛美する教会という家族は星のように輝き、この世界の慰めのしるしとなると私は信じています。

2022年1月19日の聖句

貧しい者を嘲る者は自分の造り主をそしる。人の災難を喜ぶ者は罰を免れない。(箴言17:5) 憐れみ深い人々は、幸いである。その人たちは憐れみを受けるからだ。(マタイ5:7) 今回のコロナのことで痛感させられたことの一つは、苦しむ人と私との差は何もない、ということです。いつ、どこで、...