2022年2月6日日曜日

2022年2月6日の聖句

彼は現れ、彼らは主の力の下に牧草をはむ。(ミカ5:3)
イエスが民をご覧になり、憐れまれた。彼らは飼うもののいない羊のように不安にかられちりぢりであったからである。(マタイ9:36)

今日の旧約聖書ミカ書の御言葉は、いわゆるメシア預言の一節です。「エフラタのベツレヘムよ、お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのために、イスラエルを治める者が出る」と始まって、今日の箇所に至っていきます。つまり冒頭に掲げられた御言葉の「彼は現れ」というのは、メシア、救い主なる方が現れる、ということを意味している。そして、私たちは主イエス・キリストという神からのメシアが来てくださったことを知っています。
「彼は現れ、彼らは主の力の下に牧草をはむ。」主イエス・キリストは私たちの羊飼いとなってくださって、私たちを牧草をもって養ってくださる。その様子を、新約聖書ではこのように伝えています。「イエスが民をご覧になり、憐れまれた。彼らは飼うもののいない羊のように不安にかられちりぢりであったからである。」
主イエスさまが私たちをご覧になったとき、そのお心は、憐れみでした。キリストは私たちが飼うもののいない羊のようになっているので、憐れみに心かきむしられました。私はときどき牧場に行って羊の群れを見るのですが、羊は本当に弱い動物だと思います。世話してくれる人が牧草を準備して、夜になったら安全なところで守ってやならないと生きていけません。近くで大きな音を立てれば不安になる。現代の日本の牧場ではまずあり得ないでしょうが、もしも狼にでも襲われたら本当にちりぢりになってしまいます。羊には羊飼いが必要です。
今、毎日の生活を不安な気持ちで過ごしていないでしょうか。テレビを付けても携帯を開いてみても、不安になるようなニュースばかりが目に飛び込んできます。しかし、私たちには、私たちの羊飼いでいてくださる方がおられます。私たちを守り、世話をし、私たちのために心を揺さぶりながら憐れみ、愛し抜いてくださる羊飼いが。この方は私たちに平安を得させるために来てくださいました。羊の群れである私たちを、神さまの御許に連れ戻すために来てくださいました。主イエス・キリストの祝福と恵みが、今日もあなたにありますように。アーメン!

2024年3月29日の聖句

ヤコブは、神が自分と語られた場所をベテル(神の家)と名付けた。(創世記35:15) 百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、自身やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「まことに、この人は神の子だった」と言った。(マタイ27:54) 神が自分と語られた場所をベテル(神の家...