2022年8月21日日曜日

2022年8月21日の聖句

誰が、主、私たちの神と同じだろうか、
高いところに座し、天と地を深いところからご覧になる。
塵から弱いものを起こされる。(詩編113:5~7)
神のかたちであったイエス・キリストは、神と等しくあることを、奪ってでも得る利益とは見なされなかった。そうではなく、ご自身を手放され、僕のかたちをとられて人と同じになられた。(フィリピ2:6~7)

神さまは私たちの思いをはるかに超えたお方です。「高いところに座し、天と地を深いところからご覧になる」と聖書は言います。私たちの考えからすると、神さまはただ高い所からだけご覧になっている方ではないでしょうか。高い天の上から、私たちのような小さな人間をご覧になっている。だから私たちは高い所に上り詰めようとします。繁栄を求めます。もっと偉くなり、もっと大きくなりたいと願います。
ところが、聖書は神さまがただ高いところにだけおられるとは書いていない。「天と地を深いところからご覧になる。」深く、低く、中心ではなく周縁から、神さまはこの世界をご覧になっているというのです。
ピラミッドを想像してみると、とても象徴的だと思います。ピラミッドは見えるところでも見えないところでも、数え切れないほどのたくさんの石が積み重なって、一番てっぺんにある一つの石を支えています。ところがキリストのピラミッドはちょうどそれがひっくり返った形をしている。キリストという一番てっぺんにあるべき石がたった一つ一番下にあり、他のたくさんの石を支えている。ピラミッドがちょうどひっくり返っている。主なる神さまは、深いところからこの世界をご覧になっています。
主イエス・キリストは僕のかたちになられました。へりくだって、私たちに仕えてくださいました。私たちのために十字架にかけられました。私たちはこの方を私たちの神として崇め、今日も礼拝します。主イエス・キリストの恵みと祝福が豊かにありますように。私たちのためにご自分を投げ出して、私たちの一番下に立って支えてくださっているお方の祝福が、この一週間もありますように。

2024年4月25日の聖句

救いは主のもの。 あなたの民の上に祝福を。(詩編3:9) イエスは手を上げて彼らを祝福された。(ルカ24:50) 主イエス・キリストは復活して40日間弟子たちと共におられ、その後、天に昇って行かれました。その時、主イエスは手を上げて弟子たちを祝福し、その恰好のままで天に上げられて...