2023年1月27日金曜日

2023年1月27日の聖句

義しい人は小川のほとりに植えられている木のようで、
時が来ると実を結び、
その葉は枯れることがない。(詩編1:3)
パウロの手紙:私はこう祈ります。あなた方の愛が知識とあらゆる体験にあって、ますます豊かになり、イエス・キリストによる義の実りで満たされて、神に栄誉と賛美がもたらされますように。(フィリピ1:9,11)

「あなた方の愛が知識とあらゆる体験にあって、ますます豊かになり」と書かれています。愛の豊かさは、知識とあらゆる体験に深く関わる。そのように言っています。愛は単に好きとか好ましいとか気に入っているという感情の延長にあるのではない。知識や体験が重要な役割を果たしている、ということではないでしょうか。
ここで言う「知識」は、人間に対する深い洞察や相手への姿勢、理解、知りたいという関心、そういったいろいろなことを含んでいるのではないかと思います。愛するというのは、相手の心を想像することです。相手がどのようなことを喜び、どのようなことを悲しみ、何を大切にし、何を欲し、また本当に必要なのか。相手の言葉や態度に隠れた、もしかしたら本人も気付いていない痛みや歴史があるのではないか。そういったことを想像し、相手の喜びを共に喜び、悲しみを共に悲しむ。そういう意味での想像力。それが愛の力です。別の言葉で言えば、思いやりです。
「あらゆる体験」とも言われています。ただの体験ではなく、あらゆる体験。私のとても尊敬している牧師が、かつてこのようなことをおっしゃっていました。幼少期から大人になるまで、ずっと苦労してこられた方です。そのことでもって、牧師になろうとしたとき、よく「あなたは苦労してきたからいい牧師になりますね」と言って頂いたそうです。しかしその先生はおっしゃっていました。苦労は時に人の心を固くする。自分の苦労なんて誰にも分からないとか、相手よりも自分の方が苦労してきたとすぐに思い込んでしまう。むしろそれよりも、相手のことを思う心、愛が大事だと考えている。
パウロが言う「あらゆる体験」というのは、やはりここでも相手への想像力を言っているのではないかと思います。自分のあらゆる体験から相手を想像し、また、自分の体験を超えた相手の体験をおもんぱかる。自分の体験に閉じこもるのではなく、そこから更に開かれて、相手の体験への思いを抱く。そこで愛が磨かれるのだと思います。
愛は、神が与えてくださる賜物です。私たちはとても小さくて視野も狭窄ですが、神は私たちに愛を与え、思いやりの人として新しくしてくださる。そのことを信じ、愛する愛をくださいと祈りたいと願います。

2024年12月27日の聖句

遠く地の果てまで、すべてのものが我らの神の救いを見た。(詩編98:3) また、幸いなる希望、すなわち大いなる神であり、私たちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。(テトス2:13) すてきな言葉です。「幸いなる希望」と言っています。私たちにとって...