2023年7月21日金曜日

2023年7月21日の聖句

トランペットとシンバルと弦楽器の音が上がり、「主は恵み深く、この方の慈しみはとこしえに」と主を賛美すると、主の栄光が神の家に満ちた。(歴代誌下5:13,24)
聖なる都、新しいエルサレムはそこに現れる太陽も月もいらない。神の栄光が都を照らし、その明かりは小羊だからである。(黙示録21:2,23)

ヨハネの黙示録が伝える救いの完成のイメージは、新しい天と新しい地に聖なる都、新しいエルサレムが降って来る、という壮大なものです。エルサレム。それは、旧約以来の王の都であり、信仰と礼拝の中心です。私たちの真の王イエスが私たちを治め、神をあがめる礼拝が完全なものとなる。
主イエスご自身はこの救いの姿を「神の国」とおっしゃいました。ヘブライ人の手紙では「天の故郷」と呼びます。主イエス・キリストは私たちを神のものとし、私たちをこの新しいエルサレム、聖なる都に迎え入れてくださいます。
この都には、暗闇がありません。影がない。神の小羊キリストが私たちの明かりとなって私たちを照らしてくださるからです。
私たちを取り巻いているこの世界は暗闇に包まれています。イザヤ書に「見よ、闇が地を覆い、密雲が諸国の民を包む(60:2)」という言葉があります。この世界は罪と悪の力に覆われているかのようです。「分断」という言葉がこの世界を支配しています。戦争は悪化し、あるいは広がり、憎しみがわが物顔でふるまっています。なぜ、平和が実現しないのでしょうか?私たち一人ひとりの心だけではどうしようもないような強い力が働いているかのようです。権力とマネーががっちりと結びつき、システムは非人間的に人間を虐げ、私たちは思いやりを失ってしまった。
しかし、キリストという明かりが私たちを照らさなかった時代はないのです。キリストという明かりは、私たちの闇がどんなに暗くてもかき消されてしまうことがありません。どのようなときにも私たちを照らし、私たちの希望であり続けるのです。だから私たちは神を賛美します。「主は恵み深く、この方の慈しみはとこしえに!」キリストという明かりこそが私たちの望みであり、救いであり、愛であるからです。この明かりの中に、私たちの今日一日は営まれていくのです。

2024年5月9日の聖句

主は彼らに喜びを与えられた。(エズラ6:22) いつも喜んでいなさい。(1テサロニケ5:16) 復活の主日から40日目の今日は、主の昇天を祝う日として覚えられています。主イエス・キリストは、弟子たちの見ている前で天に昇って行かれたと聖書に書かれています。キリストは天に昇り、神の右...