2024年3月5日火曜日

2024年3月5日の聖句

人が破滅してしまうことのないようにするためなら、神には思い直したり、後悔したり、御自分の激しい怒りには止めたりすることがないなどと、誰が言えようか。(ヨナ3:9)
(イエスの言葉)祈り求めるものはすべて、すでに得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。(マルコ11:24)

今日の旧約聖書はヨナ書に書かれた御言葉です。ヨナは神さまからニネベという町へ行って、そこに生きる人々に罪を悔い改めて悪から離れるように告げよと命じられました。ところがヨナはそれを拒んで逃げ出しました。預言者が神さまから逃げ出すなどとはただ事ではありません。問題は行き先でした。ニネベというのはヘブライ人にとっては憎き仇です。外国、しかも大国、自分たちを滅ぼさんとしている宿敵アッシリア。その首都がニネベでした。ですから、ヨナは敵のところになんて行きたくありませんでした。
しかし、ヨナは神さまからいろいろなお取り扱いを受けて、結局ニネベの都に行くことになります。その時ヨナが語った言葉が今朝の御言葉です。
「人が破滅してしまうことのないようにするためなら、神には思い直したり、後悔したり、御自分の激しい怒りには止めたりすることがないなどと、誰が言えようか。」
神さまはあなたたちが悔い改めるのをご覧になったとき、きっと裁きを思い直し、滅ぼそうとなさったことを後悔してその激しい怒りを押しとどめてくださる。だから、悔い改めてその悪から離れよ、とヨナは訴えました。今朝の御言葉は、私たちに罪の悔い改めを迫る言葉です。
主イエスさまはおっしゃいます。「祈り求めるものはすべて、すでに得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」他の何よりも、悔い改めと罪の赦しを求める祈りにおいて、まさにこの約束は現実のものとなります。私たちが罪を悔い改める心を抱くということ自体が既に神ご自身のお働きに他ならない。神がこの私にも働いてくださって、神を求める願いを起こしてくださっている。だから、罪の赦しを求めるとき、既に私たちは赦しの恵みの中にいるのです。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...