寡婦、孤児、寄留者
貧しい者を虐げてはならない。(ゼカリヤ書7:10)
そうして、王は右側にいる人たちに言う。「さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からあなたがたのために用意されている国を受け継ぎなさい。あなたがたは、私がよそ者であったときに宿を貸してくれたからだ。」(マタイ25:34~35)
今私たちが聞いている毎日の御言葉は『日々の聖句』というヘルンフート兄弟団が出している聖書日課に従っています。一年365日、毎日の旧約の御言葉をくじで引き、それに相応しい新約の御言葉が添えられています。昨日の御言葉も今日の御言葉もくじで引かれたわけですが、なんと今日の旧約の御言葉は昨日頂いた御言葉と同じ趣旨のことを言っています。それに合わせた新約ということで、昨日とほぼ同じ箇所です(昨日は34,36節で、今日は34,35節)。
ただ、昨日の旧約は申命記でしたが、今日はゼカリヤ書です。内容は同じ主旨ですが、別々の箇所の御言葉です。つまり、聖書はいろいろなところでこのことを語りかけている、ということになります。「寡婦、孤児、寄留者、貧しい者を虐げてはならない。」聖書が考える社会正義は、弱い人たちを虐げることなく分かち合うことから始まる。それが聖書の一貫した主張なのだと思います。
預言者ゼカリヤは、ユダの国が捕囚から解放された時期の人物です。エルサレムの再建に携わっていたようです。崩壊した国を再建する。そういう状況を考えると「自分のことで精一杯」だったのではないかと思います。しかしそういうときにこの預言者は「寡婦、孤児、寄留者、貧しい者を虐げてはならない」と言いました。貧しい人と共に生きるところから私たちの再生は始まる、と説いたのです。驚くべき言葉です。私たちの社会の状況も日に日に厳しさを増しています。あなたはどう生きるのかと、私たちも主に問われているのではないでしょうか。
貧しい者を虐げてはならない。(ゼカリヤ書7:10)
そうして、王は右側にいる人たちに言う。「さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からあなたがたのために用意されている国を受け継ぎなさい。あなたがたは、私がよそ者であったときに宿を貸してくれたからだ。」(マタイ25:34~35)
今私たちが聞いている毎日の御言葉は『日々の聖句』というヘルンフート兄弟団が出している聖書日課に従っています。一年365日、毎日の旧約の御言葉をくじで引き、それに相応しい新約の御言葉が添えられています。昨日の御言葉も今日の御言葉もくじで引かれたわけですが、なんと今日の旧約の御言葉は昨日頂いた御言葉と同じ趣旨のことを言っています。それに合わせた新約ということで、昨日とほぼ同じ箇所です(昨日は34,36節で、今日は34,35節)。
ただ、昨日の旧約は申命記でしたが、今日はゼカリヤ書です。内容は同じ主旨ですが、別々の箇所の御言葉です。つまり、聖書はいろいろなところでこのことを語りかけている、ということになります。「寡婦、孤児、寄留者、貧しい者を虐げてはならない。」聖書が考える社会正義は、弱い人たちを虐げることなく分かち合うことから始まる。それが聖書の一貫した主張なのだと思います。
預言者ゼカリヤは、ユダの国が捕囚から解放された時期の人物です。エルサレムの再建に携わっていたようです。崩壊した国を再建する。そういう状況を考えると「自分のことで精一杯」だったのではないかと思います。しかしそういうときにこの預言者は「寡婦、孤児、寄留者、貧しい者を虐げてはならない」と言いました。貧しい人と共に生きるところから私たちの再生は始まる、と説いたのです。驚くべき言葉です。私たちの社会の状況も日に日に厳しさを増しています。あなたはどう生きるのかと、私たちも主に問われているのではないでしょうか。