2022年11月29日火曜日

2022年11月29日の聖句

若者たちは疲れ果て男たちは躓いて倒れる、
しかし主を待ち望む者は、新たな力を得て鷲のように翼を拡げて舞い上がる、
彼らは走っても弱らない。(イザヤ40:30~31)
ですから、私の子よ、キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。(2テモテ2:1)

どんなに若くて力強くても、勇士のように勇ましくても、力が尽きてしまったり気力が萎え果ててしまうことがあるでしょう。誰にでもあります。もう何もすることができなくなってしまったり、立つこともできなくなってしまったりすることが。
若いときには、自分には人生経験が足りないからできないとか、周りの人に若造扱いされて認めてもらえないからできないとか、考えがちです。しかし年を取れば、自分はもう若くないから体力も気力も保たないと思いがちです。人間として私たちの目につくものは、私たちの最後の力を奮い立たせる理由にならない。本当に辛い状況に追い込まれたとき、若いからとか経験を積んだからとか、男だからとか女だからとか、体力があるからとか知力があるからとか、そういうことは最後の最後で支えにならなくなってしまうのではないでしょうか。
「しかし主を待ち望む者は、新たな力を得て鷲のように翼を拡げて舞い上がる、彼らは走っても弱らない。」聖書はそのように言います。主を待ち望む者。それがすべてです。それだけが、どんなときにも変わることがなく、どんなにときにも支えであり続ける事実です。私たちがどのような者かということに関わりなく、私たちが強いか弱いか、年をとったか若いかに関わらず、どんなに望みがなかったとしても力を与える泉です。主を待ち望む者、主イエス・キリストを望みとする者。その人には、どのようなときにも、最後の最後にいたるまで支えとなるよすががある。
「ですから、私の子よ、キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。」キリストの恵みがあなたを強める。どのようなときにも変わることのない恵みがあなたを支える。使徒パウロはそのように宣言します。主イエス・キリストの恵みと平和が、今日もあなたにありますように。

2024年12月27日の聖句

遠く地の果てまで、すべてのものが我らの神の救いを見た。(詩編98:3) また、幸いなる希望、すなわち大いなる神であり、私たちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。(テトス2:13) すてきな言葉です。「幸いなる希望」と言っています。私たちにとって...