2023年11月18日土曜日

2023年11月18日の聖句

軍馬は助けとならない。期待に適わず、その強靱さも救いとなることがないからだ。見よ、主の目は主を畏れるすべての人、主の慈しみを待ち望む人にこそ向けられる。(詩編33:17~18)
私たちは、この世的で人間的な利点を土台とするのではなく、ただイエス・キリストに属していることを誇りとするのです。(フィリピ3:3)

「軍馬は助けとならない。」現代であれば、戦車は助けとならない、戦闘機は助けとならない、機関銃は、爆弾は、核は助けとならない、となるのでしょうか。そのような強靱さは期待に適わず、救いとはならない。力で相手を制圧し、武力で威嚇しても、平和が訪れることはない。私たち人類の無数の失敗がそれを証明しています。それなのに、今日も武力が行使され続けています。
何も海の向こうの話だけをしていれば済むわけではありません。私の助けは、私の救いは一体何か。私は何と信じているでしょうか。私は戦車も鉄砲も持っていません。しかし誰かに言うことを聞かせたい、自分の思うとおりにしたいという思いがどこかによぎるなら、同じことなのかも知れません。私の助けは、私の救いは、一体何でしょうか。
「私たちは、この世的で人間的な利点を土台とするのではなく、ただイエス・キリストに属していることを誇りとするのです。」
聖書がすごいのは、ただただひたすらに、主イエス・キリストだけに集中することです。キリストだけをひたすら信じ、このお方だけが救いという一点から決してぶれません。だからこそ、聖書は私たちの羅針盤であり、私たちの道を照らす光なのです。
私たちはこの世的で人間的な利点を土台とするのではない。ただイエス・キリストを誇りとし、キリストに属していることをわが誇りとする。この世で歓迎され、あがめられる力ではありません。主イエス・キリストによって示された神の愛だけに集中する。この世界の平和もそこに初めて開かれるし、、私たちの歩みの平和も、そこに初めて生まれる。私たちはそう信じます。信じて、イエス・キリストだけを誇りとします。

2026年1月17日の聖句

主はあなたにとって確かな方。(詩編91:9) (バルティマイは)ナザレのイエスだと聞くと、「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」と叫び始めた。(マルコ10:47) 「主われを愛す」というすてきな讃美歌がありますが、この中で「主は強ければ、われ弱くとも、恐れはあらじ」と歌いま...