2024年9月2日月曜日

2024年9月2日の聖句

(主は)心の砕かれた人々を癒やし、その傷を包む。(詩編147:3)
この方の打ち傷によって、あなたがたは癒やされたのです。(1ペトロ2:24)

主イエス・キリストは、あなたを癒やしてくださる方です。あなたの砕かれた心、あなたの傷を、主イエス・キリストが癒やしてくださいます。そのことを、今日私たちに与えられているペトロの手紙では「この方の打ち傷によって、あなたがたは癒やされたのです」と言っています。私たちは主イエス・キリストのお受けになった打ち傷によって癒やされた。
改めて考えてみると、キリストがお受けになった傷が私たちを癒やすというのは、どういう意味なのでしょうか。キリストの傷は一体どうやって私たちを癒やすのか。
このことについて、ペトロの手紙では、今日与えられている言葉の直前のところでこのように言っています。「そして自ら、私たちの罪を十字架の上で、その身に負ってくださいました。私たちが罪に死に、義に生きるためです。」そして、今日の御言葉に続きます。「この方の打ち傷によって、あなたがたは癒やされたのです。」そうすると、主イエス・キリストのお受けになった傷が私たちを癒やすというのは、私たちがキリストの傷によって罪に対して死んだということだ、ということになります。私たちを損ない、傷つけ、私たちの尊厳を踏みにじる最後の敵は罪です。罪が私たちを支配している。私たちを罪の力が屈服させてしまっている。しかし、キリストがお受けになった傷、キリストの十字架の上での死は、私たちの身代わりとしての死です。このお方が私に代わって死んでくださったから、あたしはもはや罪に対して死んだ。もう罪は私を支配しない。私たちはキリストのお受けになった傷によって癒やされた。罪から自由になったのです。
心の砕かれた人を癒やし、その傷を包んでくださるお方の御許に、今、帰りましょう。主イエス・キリストの十字架の傷によって癒やして頂きましょう。あなたの罪は、もう赦されたのです。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...