2026年4月6日月曜日

2026年4月6日の聖句

主は民をご自分の瞳のように守られる。(申命記32:10)
私は確信しています。死も命も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、他のどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできないのです。(ローマ8:38~39)

今日の新約の御言葉は、私の最愛の聖句の一つです。私たちは、移ろいます。心も、生き方も、不確かです。そして信仰も。神さまを信じる思いが揺らいでしまうこともあるし、かつての情熱は消え去って冷めた信仰生活を送るときもあります。祈っても独り言のような気がして空しくなることもあるし、聖書を読んでも他人事のようで全然面白くもなく興味も湧かないということだってあります。私たちは移ろいます。人間ですから。
しかし、神さまは人間ではありません。そうであるからこそ、神さまの愛はどんなときにも決して変わることがないし、取り消されてしまうことはありません。その確かな愛によって私たちはいつ、どんなときにも神さまに掴まれています。
「私は確信しています。死も命も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、他のどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできないのです。」
私は決して神さまから離れません、とは言っていません。私の信仰の確かさや私の決心の固さが問題なのではない。神さまの側の話をしています。神の愛が私たちを掴んではなさい、誰もそこから私を引き離すことはできない。私たちが信じられるのは、神の愛の確かさだけです。そして、それだけで十分です。
自分自身のことではなく神の愛の確かさ、それだけを信じましょう。そのことにおいて確信をもちましょう。自分から目を離して神さまに私たちの眼を向けましょう。「主は民をご自分の瞳のように守られる。」これは確かな知らせです。

2026年4月6日の聖句

主は民をご自分の瞳のように守られる。(申命記32:10) 私は確信しています。死も命も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、他のどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできないのです。(ローマ8:3...