2019年7月2日火曜日

2019年7月2日(列王記下7〜8)

今日の通読箇所:使徒言行録20:17~38、列王記下7~8、箴言1:20~33

列王記下7~8;
エリシャの時代、イスラエルはアラムという隣国との戦いが絶えなかったようです。アラムはイスラエルの北側の隣国で、ガリラヤ湖よりももう少し北に位置しています。北王国にとってこの北の隣国は常に脅威であったようです。6:8から、アラムとの戦いがあり、特に6:24からのところでイスラエルの都サマリアが包囲され、兵糧攻めに遭っていました。母がその子を煮て食うような悲惨な状況にありました。
そんなときに、エリシャが言います。「主の言葉を聞きなさい。『明日の今頃、サマリアの門では、上質の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルとなる』」。ところが王の侍従は「主が天に窓をつくられたとしても、そんなことはありえない」と言い放ちます。
果てして、全くイスラエルの力の外で、神の言葉は現実のものとなりました。不思議なことに、アラム軍は、一夜にしていなくなってしまっていたのです。それは「主が、戦車の響き、馬のいななき、また大軍のどよめきをアラムの陣営に響き渡らせたので、彼らは『イスラエルの王が我々を攻めるため、ヘト人の王たちやエジプトの王たちを雇ったのだ』と互いに言って、夕暮れには、逃げ去っていたのである(7:6~7)」。さらに、アラムの陣営がもぬけのからになっていたのに最初に気づいたのは、町の門の外にいた4人の規定の病の人たちでした。イスラエルのコミュニティに入れてもらえなかった人たちが、「主が天に窓をつくられたとしても、そんなことはありえない」と王の侍従が言い放った神の出来事が実現したことの証人になったのです。
エリシャは、そのほかにも、8:7~15では、アラムの王がベン・ハダドからハザエルに代わることを預言します。主なる神様のご支配が、イスラエルだけではなくアラムにも、町の外に追い出された規定の病の人々にも届いていることを強く思わされます。主の御業は、私たちの思いを超えて、「外」に向かって広がっているのです。

2026年3月27日の聖句

正義は命に 悪を追い求める者は死に至る。(箴言11:19) 自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。(ガラテヤ6:8) 「正義」という言葉が今日の旧約の御言葉にあります。そこで、旧約聖書の事典を引いたところ、「義」についてこのように書...