今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一6、歴代誌下21~22、コヘレトの言葉1
歴代誌下21~22;
「主はヨラムに対して、クシュ人の近くに住んでいたペリシテ人とアラブ人の霊を奮い起こされた」。
ヨラムというのはユダの王の名前です。彼の妃の父はアハブ。イスラエルの王であり、預言者エリヤと激しく対立していたあの王が義理の父です。ヨラム王はアハブの道を歩みました。ヨアブは「ユダの山々に高き所を造り、エルサレムの住民に淫行を行わせ、ユダを惑わせた(21:11)」。この「淫行」は偶像礼拝のことです。ヨアブ王はユダの人々を神から離れさせ、信仰から引き離してしまったのでした。
そのヨラムについて、預言者エリヤを通じて裁きの言葉が告げられました。「それゆえ、主は大いなる災いをもって、あなたの民、子ども、妻、財産のすべてを打たれる(15節)」。その裁きの担い手として、冒頭のペリシテ人とアラブ人を神様がお立てになった、と言っていたのです。
ヨラムは、徹底的に間違っていたかもしれませんが、曲がりなりにも神様を信じていた人でした。ペリシテ人もアラブ人もそうではありませんでした。しかし、神様は神様を信仰しているわけではない人の手によって、神様を信じているつもりの人を裁かれます。厳しいことです。しかし、思えばファリサイ派は、神を信じているつもりでした。そのことを誇っていました。その誇りのために、彼らは主イエスをも裁きました。これは私たちへの厳しい問いであると思います。
神様の前に、隣人の前に、謙遜であるとはいかなることであろうかと問われる思いがしました。へりくだって、神を求めて生きることを、神様が私たちに求めておられるからです。主イエスさまの憐れみによってしか生きられない私、不信仰な私を憐れんでくださいと主イエスに祈って、今日という日を始めたく願います。