2020年5月1日金曜日

2020年5月1日(ルカによる福音書8:1〜21)

ルカによる福音書8:1~21
「その後、イエスは神の国を宣べ伝え、福音を告げ知らせながら、町や村を巡られた。十二人も一緒だった。悪霊を追い出して病気を癒やしてもらった女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア、ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの女たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一向に仕えていた。」
これこそ、教会です。主イエスがおられ、主を信じる者たちが男も女も主に同行しています。主と共に歩む旅、教会はその一行です。主イエスの旅は、神の国を宣べ伝える旅です。福音を告げ知らせるための旅です。私たちはこの旅に同行し、主と共に、主のなさることに仕えています。
私たちの旅は独りぼっちの旅ではありません。あるいは、主と二人きりの旅でもありません。主は十二人を連れ、そしてここに名前が書かれている三人とほかの大勢の女たちを連れて行かれます。私たちも、主と共に歩く無数の弟子たちと共に、主の旅を歩んでいます。神の国を目指す旅を進んでいるのです。
今、私たちは集まることができません。しかし、目に見えなくても、主は共にいてくださいます。目に見えなくても、私たちの周りには教会の仲間たちがいます。賛美歌を口ずさみ、心を合わせながらこの道を進み、そして何よりも主ご自身が語り聞かせてくださる福音の言葉を聞きながら、私たちは旅路を進みます。
4節以下の今日の箇所では、御言葉を聞くということを巡る話が続いています。「だから、どう聞くかに注意しなさい」と主は言われます。主イエス・キリストの御言葉を私たちはどう聞くのか。主は、「私の母、私のきょうだいとは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」と言ってくださいます。主の言葉に聞き、主に従う者を、主イエスはご自分の母、きょうだいと呼んでくださるのです。
この一行の旅路の必要は、「自分の持ち物を出し合って、一向に仕え」た仲間たちによって支えられました。教会のあり方は、主イエスの時から変わっていません。教会の支えはただ主イエスだけであり、キリストにある兄弟姉妹相互の愛だけです。教会、それは、キリストの愛の奇跡と、キリストの福音によって救われた者たちの旅の一行。私たちはキリストの教会。キリストの弟たち、妹たち一行です。

2024年4月18日の聖句

シオンに住む者よ、叫び声を上げて、喜び歌え。 イスラエルの聖なる方は、あなたのただ中にいます偉大な方。(イザヤ12:6) 言は肉となって、私たちの間に宿った。私たちはその栄光を見た。(ヨハネ1:14) 「イスラエルの聖なる方は、あなたのただ中にいます」と、聖書は言います。私たちの...