2021年3月1日月曜日

2021年3月1日(詩編70)

詩編70
あなたを尋ね求める人すべてが
  あなたによって喜び楽しみ
あなたの救いを愛する人が
「神は大いなるかな」と
  絶えることなく言いますように。
私は苦しむ者、貧しい者です。
神よ、私のために急いでください。
あなたこそわが助け、わが救い。
主よ、ためらわないでください。(5~6節)

「私は苦しむ者、貧しい者です。」そのように祈ります。神よ、私のために急いでください!この信仰者は、大胆にそう祈ります。私たちも同じように祈りましょう。神よ、私のために急いでください!
私たちの祈りは上品すぎるのではないでしょうか。神さまに遠慮しています。遠慮は日本社会では美徳であるかもしれませんが、詩編の祈りは神さまにまったく遠慮しません。祈りにおける遠慮は美徳ではありません。この詩編70は特にそうです。「主よ、ためらなわないでください」と祈ることを躊躇しません。それは、「あなたこそわが助け、わが救い」であると本気で信じているからです。他にも自分を助け、救ってくれるアテがあるとは思っていないからです。神さまに助けて頂かなくては、神さまに救って頂かなくては自分はまったく駄目だから、他にはどこにも頼れるものがないから、だから遠慮なく神さまに祈ります。大胆に祈ります。神よ、私のために急いでください、と。
「あなたを尋ね求める人」とは、この祈り手本人のことです。神によって喜び楽しみたい。そのことを真実に願っている。だから、私の命を狙う者、私の災いを望む者が私の命運を握るのではなく、ただ神様が私の救いの鍵を握っていると信じてる。神を尋ね求め、神の助けによっていき、神によって喜び楽しみたい。そのことだけを、ただ一途に願っています。

2026年5月7日の聖句

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