2023年6月10日土曜日

2023年6月10日の聖句

私が疲れた魂を潤し、衰えたどの命も満ち足らせる。(エレミヤ31:25)
心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。(マタイ5:3)

私たちが疲れて、更には疲れ切ってしまうとき。もはや命が衰え、どうすることも出来なくなってしまったとき。主なる神さまは私たちの疲れた魂を潤し、衰えた命を満ち足らせてくださいます。主なる神さまが私たちを癒やし、魂を生き返らせてくださいます。主なる神さまのもとに、私たちの命がある。
主イエス・キリストは、その命を、何よりも御言葉によって与えてくださいます。「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」これは主イエス・キリストでなければ言うことのできない言葉です。福音の言葉によって、キリストは私たちを生かしてくださる。
心の貧しい人。キリスト者である哲学者、今道友信さんは、この貧しいといいうのは、乞食のように貧しいという意味だと言います。「乞食」という言葉は今では不快語、あるいは差別語として使われなくなりました。そのことに注意を促しつつ、しかしなおそうとしか表現出来ないと言います。無一文で、自分ではもはや生きる術がなく、もらわないとどうしようもない。だから、頂けるものは何でもありがたく頂戴する。自分の魂が実はそれほど貧しく、どうしようもないことを知り、そうであるからこそ頂けるものを待ち望んで、それを感謝して頂くしかない。主イエス・キリストが下さるものを待ち望むしかない。そういう心の貧しい者は幸いだ、と主イエスはおっしゃった。
私たちの魂が飢え、渇き、絶え入りそうなとき、主なる神さまは私たちを癒やし、慰め、守ってくださいます。主が私たちを救ってくださる。私たちはただそれを待ち望み、この方に救いの望みをかけるだけです。主と、その御言葉が私たちに命を与え、私たちを新しく生まれさせてくださる。その恵みと祝福は、今、私たちの前に差し出されています。

2024年5月3日の聖句

耳の聞こえない人を呪ってはならない。目の見えない人の前につまずく物を置いてはならない。あなたの神を畏れなさい。(レビ19:14) (イエスの言葉)あなたの父が慈しみ深いように、あなたがたも慈しみ深い者となりなさい。(ルカ6:36) 悪意を持ってわざと耳の聞こえない人を呪ったり、目...