今日の通読箇所:ルカによる福音書18:1~17、サムエル記上3~4、詩編148
サムエル記上3~4;
少年サムエルは、シロにいてエリのもとで主に仕えていました。サムエルは神の箱が安置された主の宮で寝ていました。その場所で、サムエルは主と出会ったのです。主が、サムエルを呼ばれました、「サムエル、サムエル」と。最初はそれが主の語りかけであるとサムエルは気づきませんでしたが、エリの指導によりそうと分かり、サムエルは主の御言葉を聞きます。それはエリの家へ及ぶ恐ろしい裁きを告げる言葉でした。それはサムエルにとっては口にするのも恐ろしいことでした。サムエルは、こうして、主の言葉を預かる預言者に召されたのです。「サムエルは成長し、主が彼と共におられたので、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。ダンからベエル・シェバに至るまでイスラエルの人々はことごとく、サムエルが信頼するに足る主の預言者であることを認めた。主は引き続きシロでご自身を現された。主は御言葉をもって、シロでサムエルにご自身を現された(3:20~21)」。
しかし、世間は、サムエルとは逆の方向に突き進んでいました。ペリシテ人との戦争があった。戦況は非常に不利だった。その時、あろうことかイスラエルの長老たちは、主の契約の箱を担ぎ出せば勝てるに違いないと言い出します。「主の契約の箱をシロから運んで来よう。そうすれば、主は我々のただ中におられ、敵の手から救ってくださるであろう(4:3)」。まさに、神輿として主を担いでやろう、ということです。結局主の箱を持ち出すもペリシテ人には惨敗し、聖なる十戒の石版が入った主の箱はペリシテ人に奪われてしまいました。神を利用してやろうという人間の罪が招いた結果です。この戦争でエリの二人の息子は死に、その知らせを聞いたエリ自身も死んでしまいました。こうして、サムエルに語られた主の言葉が実現しました。
サムエルと、世間と、好対照です。サムエルは神を畏れ、その言葉に耳を傾け、その言葉を語りました。ところが世間は神を利用し、都合よく担ぎ出してやろうとしか考えていませんでした。私たちは、一体どのように神を信じているのでしょうか?
サムエル記上3~4;
少年サムエルは、シロにいてエリのもとで主に仕えていました。サムエルは神の箱が安置された主の宮で寝ていました。その場所で、サムエルは主と出会ったのです。主が、サムエルを呼ばれました、「サムエル、サムエル」と。最初はそれが主の語りかけであるとサムエルは気づきませんでしたが、エリの指導によりそうと分かり、サムエルは主の御言葉を聞きます。それはエリの家へ及ぶ恐ろしい裁きを告げる言葉でした。それはサムエルにとっては口にするのも恐ろしいことでした。サムエルは、こうして、主の言葉を預かる預言者に召されたのです。「サムエルは成長し、主が彼と共におられたので、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。ダンからベエル・シェバに至るまでイスラエルの人々はことごとく、サムエルが信頼するに足る主の預言者であることを認めた。主は引き続きシロでご自身を現された。主は御言葉をもって、シロでサムエルにご自身を現された(3:20~21)」。
しかし、世間は、サムエルとは逆の方向に突き進んでいました。ペリシテ人との戦争があった。戦況は非常に不利だった。その時、あろうことかイスラエルの長老たちは、主の契約の箱を担ぎ出せば勝てるに違いないと言い出します。「主の契約の箱をシロから運んで来よう。そうすれば、主は我々のただ中におられ、敵の手から救ってくださるであろう(4:3)」。まさに、神輿として主を担いでやろう、ということです。結局主の箱を持ち出すもペリシテ人には惨敗し、聖なる十戒の石版が入った主の箱はペリシテ人に奪われてしまいました。神を利用してやろうという人間の罪が招いた結果です。この戦争でエリの二人の息子は死に、その知らせを聞いたエリ自身も死んでしまいました。こうして、サムエルに語られた主の言葉が実現しました。
サムエルと、世間と、好対照です。サムエルは神を畏れ、その言葉に耳を傾け、その言葉を語りました。ところが世間は神を利用し、都合よく担ぎ出してやろうとしか考えていませんでした。私たちは、一体どのように神を信じているのでしょうか?