2021年3月24日水曜日

2021年3月24日(詩編93)

詩編93
主は王となられた。
主は威厳をまとい
力の衣を身に帯びておられる。
世界は固く据えられ
決して揺らぐことはない。
王座はいにしえより固く据えられ
あなたはとこしえよりおられる。(1~2節)

「主は王となられた。」聖書はそう宣言します。しばらく前に、日本でも新しい王の即位式がありました。その日は休日になりました。しめやかな儀式の様子がテレビで放送されていました。彼は祭司として祭儀を行い、自分がその位を引き継ぐことを先祖に報告していました。最後、三権の長が玉座の前に並び立ち、「万歳」と共に祝砲が響きました。
聖書は断乎として宣言します。この地上を支配するまことの王は、主なる神さまであると。私たちのこの目は、まだ人間が地上の王として支配し、君臨している姿しか見たことがありません。神さまがまことの王として支配しているのを、私たちはまだ見ていません。主が力の衣を身に帯びておられること、神の王座がいにしえからとこしえまで固く据えられていることを、私たちは、信仰の目によってしか見ることができないのです。
「主は王となられた。」聖書はそのように宣言します。フィリポ・カイサリアで、主イエスは弟子たちに「あなたがたは私を何者だというのか」と尋ね、弟子の一人であるシモンは「あなたは、メシアです」と答えました。メシアというのは、まことの王のことです。この告白は、私のまことの王はローマの皇帝ではなく、ヘロデでもなく、私たちの主であるイエスさま、あなたですという告白です。
事実、主イエスはこの後、王として即位なさいました。それは国民皆が崇め、言祝ぐ即位式ではありません。罵詈雑言と嘲笑に包まれた即位式でした。そこに響いたのは祝砲ではなく、釘を打つ音でした。まことの王の王座は十字架でした。右と左には犯罪者がおり、その前には兵士が立っていました。主は私たちに問うておられます。あなたは私を何者だというのか。あなたのまことの王は誰なのか、と。今こそ信仰の目を開いて、十字架にかけられたキリストがまとっておられる栄光を見ようではありませんか。

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