私たちを生かしてください。
私たちはあなたの名を呼び求めます。(詩編80:19)
しかし規定の病にかかっていた十人の男たちのうちのひとりは、自分が癒やされたことを見て取ると、引き返して来て、大声で神を賛美した。(ルカ17:15)
規定の病というのは、旧約の律法で規定された皮膚の病です。この病にかかると、その人は律法の規定に従って共同体の外に出なければなりませんでした。住まいは町の外。もしも誰かが自分に近づいてきたら「汚れている、汚れている」と叫ばなければなりません。その苦しみは肉体だけではない。心の底にまで食い込むような傷を負ったに違いないと思います。
この病は、他の病とは違って、自分で「治った」と言っても、治ったことにはなりません。あるいは医者から「治った」と言われても、それだけでは不十分です。祭司のところに行って「清くされた」と宣言してもらわないと、社会復帰することができませんでした。
主イエスは規定の病にかかった十人の人と出会います。主は彼らを癒やされました。上に書いたような社会通念に生きる人々にとってはたいへんな出来事です。規定の病に冒された人は汚れた人であって、自分たちとは違うもの。別の世界に生きる者。それがこの世界の常識だったのです。主はその常識や社会通念を打ち破って彼らを癒やされたのです。
主は、彼らに「祭司に体を見せなさい」とおっしゃいました。社会の中で彼らが生きられる道を拓いてくださった。主の優しさではないでしょうか。ところがその内の一人は、癒やされたことを知ると祭司のところへ行かずに主イエスのところへ戻って来たのです。「しかし規定の病にかかっていた十人の男たちのうちのひとりは、自分が癒やされたことを見て取ると、引き返して来て、大声で神を賛美した。」この物語は、私たちを本当に生かすのは誰なのか、と問いかけているように思います。社会通念や常識、あるいは祭司に見せるという手続きに代表される社会システム。通常はそういったものが私たちを生かしめていると考えられています。しかしあの人はそうではありませんでした。社会のあらゆる壁を侵犯して自分のところへ来てくださったお方こそが私を本当に生かしてくださるお方だと信じたのです。
私たちは「普通」になるために神を信じるのではありません。「みんなと同じ」になるためにキリスト者になったのではない。私たちの当たり前を犯して侵入する神の子は、この世界の常識では救われない私たちを神のものとするために、今日、あなたに御声を響かせておられるのではないでしょうか。
私たちはあなたの名を呼び求めます。(詩編80:19)
しかし規定の病にかかっていた十人の男たちのうちのひとりは、自分が癒やされたことを見て取ると、引き返して来て、大声で神を賛美した。(ルカ17:15)
規定の病というのは、旧約の律法で規定された皮膚の病です。この病にかかると、その人は律法の規定に従って共同体の外に出なければなりませんでした。住まいは町の外。もしも誰かが自分に近づいてきたら「汚れている、汚れている」と叫ばなければなりません。その苦しみは肉体だけではない。心の底にまで食い込むような傷を負ったに違いないと思います。
この病は、他の病とは違って、自分で「治った」と言っても、治ったことにはなりません。あるいは医者から「治った」と言われても、それだけでは不十分です。祭司のところに行って「清くされた」と宣言してもらわないと、社会復帰することができませんでした。
主イエスは規定の病にかかった十人の人と出会います。主は彼らを癒やされました。上に書いたような社会通念に生きる人々にとってはたいへんな出来事です。規定の病に冒された人は汚れた人であって、自分たちとは違うもの。別の世界に生きる者。それがこの世界の常識だったのです。主はその常識や社会通念を打ち破って彼らを癒やされたのです。
主は、彼らに「祭司に体を見せなさい」とおっしゃいました。社会の中で彼らが生きられる道を拓いてくださった。主の優しさではないでしょうか。ところがその内の一人は、癒やされたことを知ると祭司のところへ行かずに主イエスのところへ戻って来たのです。「しかし規定の病にかかっていた十人の男たちのうちのひとりは、自分が癒やされたことを見て取ると、引き返して来て、大声で神を賛美した。」この物語は、私たちを本当に生かすのは誰なのか、と問いかけているように思います。社会通念や常識、あるいは祭司に見せるという手続きに代表される社会システム。通常はそういったものが私たちを生かしめていると考えられています。しかしあの人はそうではありませんでした。社会のあらゆる壁を侵犯して自分のところへ来てくださったお方こそが私を本当に生かしてくださるお方だと信じたのです。
私たちは「普通」になるために神を信じるのではありません。「みんなと同じ」になるためにキリスト者になったのではない。私たちの当たり前を犯して侵入する神の子は、この世界の常識では救われない私たちを神のものとするために、今日、あなたに御声を響かせておられるのではないでしょうか。