正義は命に
悪を追い求める者は死に至る。(箴言11:19)
自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。(ガラテヤ6:8)
「正義」という言葉が今日の旧約の御言葉にあります。そこで、旧約聖書の事典を引いたところ、「義」についてこのように書かれていました。
「一般的には『義』は、共同体に対する責任に言及する際に用いられる。(中略)義の最も広い適用範囲は、命と幸福を願う創造者によって規定される、創造の良い秩序に関係がある。ゆえに、責任をもって生きることとは、創造者が命じた範囲と要求に従うことなのである。従って、義とは、神の来たるべき統治の最も重要なしるしとなるのである。」
私たちに命を与え、私たちの幸福を願っていてくださる神さまがお命じになる要求に従うことこそが聖書の「正義」なのだ、と言います。
ですから「私の正義感」とか「人それぞれの正義」が問題になっているのではありません。神さまの慈しみを現し、共同体に共に生きる人への神の愛を体現することこそが真の正義なのだと思います。
私たちは、そのような意味での義を求めて生きているでしょうか?それとも、自分の満足ばかりに心を占められて悪を求める結果に陥ってはいないでしょうか。「悪を追い求める」は、言葉を換えれば「自分の肉に蒔く」ということです。私たちは自分の肉を満足させるために自分の正義に凝り固まるのか。それとも、神の義を求め、創造者の愛に従い霊に蒔く者として生きるのか。あなたはどう生きるか、と主は私たちに問いかけておられます。
悪を追い求める者は死に至る。(箴言11:19)
自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。(ガラテヤ6:8)
「正義」という言葉が今日の旧約の御言葉にあります。そこで、旧約聖書の事典を引いたところ、「義」についてこのように書かれていました。
「一般的には『義』は、共同体に対する責任に言及する際に用いられる。(中略)義の最も広い適用範囲は、命と幸福を願う創造者によって規定される、創造の良い秩序に関係がある。ゆえに、責任をもって生きることとは、創造者が命じた範囲と要求に従うことなのである。従って、義とは、神の来たるべき統治の最も重要なしるしとなるのである。」
私たちに命を与え、私たちの幸福を願っていてくださる神さまがお命じになる要求に従うことこそが聖書の「正義」なのだ、と言います。
ですから「私の正義感」とか「人それぞれの正義」が問題になっているのではありません。神さまの慈しみを現し、共同体に共に生きる人への神の愛を体現することこそが真の正義なのだと思います。
私たちは、そのような意味での義を求めて生きているでしょうか?それとも、自分の満足ばかりに心を占められて悪を求める結果に陥ってはいないでしょうか。「悪を追い求める」は、言葉を換えれば「自分の肉に蒔く」ということです。私たちは自分の肉を満足させるために自分の正義に凝り固まるのか。それとも、神の義を求め、創造者の愛に従い霊に蒔く者として生きるのか。あなたはどう生きるか、と主は私たちに問いかけておられます。