8月の御言葉:
(イエスの言葉)私が来たのは、羊が命を得るため、しかも豊かに得るためである。(ヨハネ10:10)
今日の御言葉:
隣人のものを一切貪ってはならない。(申命記5:21)
私は言います。霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。(ガラテヤ5:16)
隣人のものを貪る、つまり貪欲は、今の社会の基本的な欲望です。他人のものをうらやましいと思うだけでは留まらず、自分のものにしたいと強く望む。顔が見えるくらい近しい隣人のものであれば奪い取るということはあまりしないかもしれませんが、遠くて顔が見えない相手のものを私たちは奪い取ってはいないでしょうか?
ある経済学者がこのようなことを言っていました。アボカドという果実があります。輸入に頼っています。とてもおいしい。しかしこれは生長するためにとても大量の水を必要とする植物なのだそうです。アボカドを輸入することによって、日本は大量の水を現地から輸入していることになる。さらにアボカドは発育のために大量の栄養分を必要とし、一度アボカドを生産するとその土壌では他の種類の果実などの栽培がこんなになってしまう。私たちのスーパーに並んでいるアボカドは、実は他の土壌を奪い取ってできた果実なのだ、というのです。
私たちの貪欲は留まるところを知りません。欲しいものはいくらでもある。そして「貪欲」をエネルギーにして今の社会は成り立っているところがある。そう考えると私たちが生きているのは実は非常に罪深い社会ではないかとさえ思います。
「隣人のものを一切貪ってはならない。」「私は言います。霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。」
今日の二つの御言葉は、私たちにこれまでとは異なる生き方を提示します。主にものとしてこの世で生きるとはどういうことなのか。今日、神さまはあなたに何と語りかけておられますか?
(イエスの言葉)私が来たのは、羊が命を得るため、しかも豊かに得るためである。(ヨハネ10:10)
今日の御言葉:
隣人のものを一切貪ってはならない。(申命記5:21)
私は言います。霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。(ガラテヤ5:16)
隣人のものを貪る、つまり貪欲は、今の社会の基本的な欲望です。他人のものをうらやましいと思うだけでは留まらず、自分のものにしたいと強く望む。顔が見えるくらい近しい隣人のものであれば奪い取るということはあまりしないかもしれませんが、遠くて顔が見えない相手のものを私たちは奪い取ってはいないでしょうか?
ある経済学者がこのようなことを言っていました。アボカドという果実があります。輸入に頼っています。とてもおいしい。しかしこれは生長するためにとても大量の水を必要とする植物なのだそうです。アボカドを輸入することによって、日本は大量の水を現地から輸入していることになる。さらにアボカドは発育のために大量の栄養分を必要とし、一度アボカドを生産するとその土壌では他の種類の果実などの栽培がこんなになってしまう。私たちのスーパーに並んでいるアボカドは、実は他の土壌を奪い取ってできた果実なのだ、というのです。
私たちの貪欲は留まるところを知りません。欲しいものはいくらでもある。そして「貪欲」をエネルギーにして今の社会は成り立っているところがある。そう考えると私たちが生きているのは実は非常に罪深い社会ではないかとさえ思います。
「隣人のものを一切貪ってはならない。」「私は言います。霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。」
今日の二つの御言葉は、私たちにこれまでとは異なる生き方を提示します。主にものとしてこの世で生きるとはどういうことなのか。今日、神さまはあなたに何と語りかけておられますか?