2026年2月26日木曜日

2026年2月26日の聖句

正しい人の進む道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴言4:18)
しかし、義のために苦しみを受けることがあっても、あなたがたは幸いです。(1ペトロ3:14)

今日の新約聖書の御言葉はペトロの手紙に書かれています。この言葉を口にしたときペトロは主イエスから彼自身が聞いた福音の言葉を思い出していたに違いない、と思います。
「義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる。」
主がおっしゃった「義」と「幸いである」が、そのまま今日の御言葉にも出てきます。「義のために苦しみを受けることがあっても、あなたがたは幸いです。」主の御言葉がここにも響いています。義のために苦しみ、義への飢え渇きを覚える私たちに、主ご自身が宣言してくださいます。「あなた方は幸いだ」と。なぜ、主イエスさまは苦しむ人に向かって「幸いだ」とおっしゃるのでしょうか。
逆に、義のために苦しんでいない人というのはどういう人のことを指しているのでしょうか。今日の御言葉の少し前を読むと、このように書いてあります。「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福しなさい。」ペトロの手紙のつながりで読むと、私たちが受ける義のための苦しみというのは、人から悪意を向けられたり、不正なことをされたり、身に覚えのないことで侮辱されたり、といったことであると思います。そんなときに私たちはつい相手をやり込めたり、倍返ししたり、それができなければ陰口ですっきりしたりしたくなります。しかし、聖書は「かえって祝福しなさい」と言う。それが「義のために苦しみを受ける」ということであろうと思います。
そう考えると、主イエスがそのような苦しみを負う者に「あなた方は幸いだ」とおっしゃった意味もよく分かります。ほかの誰でもなく、主ご自身が祝福を語ることで私たちの間に立ってくださいました。悪意や呪いや侮辱に、祝福をもって返すということを、ほかの誰でもなく主ご自身がしてくださいました。もしも私たちが義のために苦しむならば、キリストはその苦しみの中にいてくださいます。あなたが受ける身に覚えのない悪口雑言や憎しみの中に主が共にいてくださる。だからあなたは幸いだ、とキリストは語りかけてくださっています。

2026年2月26日の聖句

正しい人の進む道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴言4:18) しかし、義のために苦しみを受けることがあっても、あなたがたは幸いです。(1ペトロ3:14) 今日の新約聖書の御言葉はペトロの手紙に書かれています。この言葉を口にしたときペトロは主イエスから...