ヤコブは旅を続けたが、その時、神の使いたちが現れた。(創世記32:2)
(パウロの言葉)「私が仕え、礼拝している神からの天使が、昨夜私のそばに立って、こう言いました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』」(使徒27:23~24)
パウロはイエスこそキリスト、私たちが待ち望んでいた真の王であり神の子だと宣教しました。そのために捕らえられた。しかしパウロはローマの市民権を持っていたので皇帝に上訴し、ローマの都に護送されることになります。海路で連行されましたが、その途上で暴風に襲われ、一行は難船してしまいました。その様子を聖書は「幾日もの間、太陽も星も見えず、嵐が激しく吹きすさぶので、ついに助かる見込みも全く絶たれてしまった」(20節)と描写しています。
その場にいた全員が絶望し、諦め、死を待つだけだと思っていたときに一人パウロだけが希望をもっていました。囚人パウロは自分を護送する兵士や、同じ船に乗り合わせたたくさんの人たちに向かって言います。「元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうち誰一人として命を失う者はないのです。」そしてそれに続けて口にしたのが、今日の御言葉です。「私が仕え、礼拝している神からの天使が、昨夜私のそばに立って、こう言いました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』」
パウロの希望は神に根ざしています。だから、どんな状況にあっても希望を抱き続けています。この船の中で囚人パウロがいちばん自由です。死の力に捕らわれずに希望を抱き、それどころか人々に希望を与える言葉を語り続けました。どんなときにも絶望しなかった。私たちは自分の考える状況の厳しさや、自分を取り囲む環境がどんなにひどいのかということ以上に、今ここで神が何をしておられるのかということを信仰をもって受け止めなおしたいのです。神さまは新しい出来事をお始めになっている。神さまは希望を生み出す御業を今日も進めておられる。そのことを信じて、キリストを待ち望みましょう。そしてこの希望の言葉を周囲の人々に証ししましょう。
(パウロの言葉)「私が仕え、礼拝している神からの天使が、昨夜私のそばに立って、こう言いました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』」(使徒27:23~24)
パウロはイエスこそキリスト、私たちが待ち望んでいた真の王であり神の子だと宣教しました。そのために捕らえられた。しかしパウロはローマの市民権を持っていたので皇帝に上訴し、ローマの都に護送されることになります。海路で連行されましたが、その途上で暴風に襲われ、一行は難船してしまいました。その様子を聖書は「幾日もの間、太陽も星も見えず、嵐が激しく吹きすさぶので、ついに助かる見込みも全く絶たれてしまった」(20節)と描写しています。
その場にいた全員が絶望し、諦め、死を待つだけだと思っていたときに一人パウロだけが希望をもっていました。囚人パウロは自分を護送する兵士や、同じ船に乗り合わせたたくさんの人たちに向かって言います。「元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうち誰一人として命を失う者はないのです。」そしてそれに続けて口にしたのが、今日の御言葉です。「私が仕え、礼拝している神からの天使が、昨夜私のそばに立って、こう言いました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』」
パウロの希望は神に根ざしています。だから、どんな状況にあっても希望を抱き続けています。この船の中で囚人パウロがいちばん自由です。死の力に捕らわれずに希望を抱き、それどころか人々に希望を与える言葉を語り続けました。どんなときにも絶望しなかった。私たちは自分の考える状況の厳しさや、自分を取り囲む環境がどんなにひどいのかということ以上に、今ここで神が何をしておられるのかということを信仰をもって受け止めなおしたいのです。神さまは新しい出来事をお始めになっている。神さまは希望を生み出す御業を今日も進めておられる。そのことを信じて、キリストを待ち望みましょう。そしてこの希望の言葉を周囲の人々に証ししましょう。