2026年6月8日月曜日

2026年6月8日の聖句

しかし、私は言った。「私はいたずらに労苦し
意味もなく、空しく力を使い果たしました。
それでも、私の公正は主と共にあり
私の報酬は私の神と共にあります。」(イザヤ書49:4)
シモンは、「先生、私たちは夜通し働きましたが、何も捕れませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。(ルカ5:5)

「先生、私たちは夜通し働きましたが、何も捕れませんでした」とペトロは言います。ガリラヤ湖の漁師ペトロは、その夜の漁では何も捕れなかった。一晩の労苦はまったくの徒労でした。
今も昔も、働いていれば珍しい話ではないでしょう。何をしても成果が上がらず、何をしても上手くいかない。誰でも経験したことがあるのではないでしょうか。ペトロもそうでした。まさに「私はいたずらに労苦し、意味もなく、空しく力を使い果たしました」という言葉しか出て来ない夜でした。私たちもよく知っている空しさです。
それでも、私たちは空しさがただ空しさだけで終わるのではないことを知っています。「それでも、私の公正は主と共にあり、私の報酬は私の神と共にあります」と聖書は言います。私はこの「それでも」という言葉が好きです。自分の労苦も費やした力も空しく意味がない。そう思われるときにそれでも主の公正と正義を私は信じる。この「それでも」が信仰なのではないでしょうか。
私たちは自分の力(あるいは無力)や状況判断よりも、キリストとその御言葉を信じます。キリストが私たちに「網を降ろせ」とおっしゃっている。キリストが私たちに新しい出来事を始めてくださっている。私たちはキリストのお言葉ですから、ただそれを信じて従う。それが私たちの信仰の道です。

2026年6月8日の聖句

しかし、私は言った。「私はいたずらに労苦し 意味もなく、空しく力を使い果たしました。 それでも、私の公正は主と共にあり 私の報酬は私の神と共にあります。」(イザヤ書49:4) シモンは、「先生、私たちは夜通し働きましたが、何も捕れませんでした。しかし、お言...