2026年8月3日月曜日

2026年8月3日の聖句

主こそ神と知れ。(詩編100:3)
(使徒ときょうだいたちは)「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言って、神を崇めた。(使徒11:18)

最初のキリスト者たちにとって、ユダヤ人ではない異邦人が神を信じるというのは、私たちには想像できないほどに大きな驚きであったのだと思います。
もともと、主なる神さまはユダヤ人にご自身を現し、ユダヤ人に関わってこられました。ユダヤ人、それはアブラハムとその子孫です。彼らの歴史と共に歩み、彼らが奴隷としてエジプトで虐げられているのをご覧になって心を痛めて救い出し、約束の地へと導き出しました。その地で彼らが国を造り、堕落し、神に背いていくのをご覧になって心を痛めました。罪の中で彼らは破滅した。遠い国に捕囚として連れらされた彼らをそれでも捨てずに再び彼の地へ連れ戻してくださったのも、主なる神さまです。そしてユダヤ人の中にご自身の独り子をお与えくださったのもこの神です。
主なる神さまは、ユダヤ人という特定の民をご自分の民とし、彼らにご自身を現してこられました。ですからユダヤ人にとっては主なる神さまは「私たちの民の神」です。その神を外国人が信じるというのは、考えてもみなかったことだったと思います。「神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」というのは、本当に驚天動地だったでしょう。まさに神を崇めるよりほかない新しい出来事だったでしょう。
一つの民をお選びになってご自身を現してこられた神は、しかし、ユダヤ人だけの神ではないのです。世界のすべての者の神です。日本人であろうと韓国人であろうと中国人であろうと、ウクライナ人であろうとペルー人であろうとコンゴ人であろうと、誰であろうとも信じるべきはこのお方です。神は世界中のすべての人をお造りになった、ただおひとりのまことの神なのです。主こそ神。私たちはそのことを知り、神を崇めます。ただ一つの民と関わり、その歴史に深く関わったお方であるからこそ、どのような出自を持ったものであろうともその人の歴史に深く関わることのできるお方なのです。

2026年8月4日の聖句

(主の言葉)あなたがを鷲の翼の上に乗せ、私のもとに連れて来たことをあなたがたは見た。(出エジプト記19:4) これからも救ってくださるに違いないと、私たちは神に望みを置いています。(2コリント1:10) 今日の旧約聖書の御言葉は、エジプトという奴隷の家から解放してくだ...