今週の聖句:
あなたがたに耳を傾ける者は、私に耳を傾け、あなたがたを拒む者は、私を拒むのである。(ルカ10:16)
今日の聖句:
主よ、たとえ私が苦難の中を歩んでも
あなたは私を救ってくださる。(詩編138:7)
(イエスの言葉)「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている。」(ヨハネ16:33)
キリスト教の人は弱い、と言われることがあります。慰めとか、神さまに頼るとか、そんなのは弱い人間が言うことだ、と。そうかもしれません。しかし、生きていれば努力や根性ではどうにもならないことが必ず起きます。
「あなたがたには世で苦難がある」と主イエスはおっしゃっています。これはヨハネによる福音書が伝えている言葉です。この福音書を書いた人、あるいは最初に読んだ人たちはどういう状況の中でこの言葉を伝え、また聴いたのか?この福音書は紀元90年頃に書かれたと考えられています。この時代、既にエルサレムの神殿はなくなっていました。ユダヤがローマに反逆し、戦争が起こり、逆に滅ぼされてしまった。彼らの信仰の拠り所であった神殿も崩壊し、社会生活はめちゃくちゃな状態でした。国民は死に、あるいは散り散りバラバラになっていました。そんな中、キリスト者たちは各地のユダヤ人コミュニティからキリスト信仰のゆえに迫害を受け、追い出され、ユダヤ社会から締め出されていました。それもあってローマ帝国による迫害も起こり、その手も彼らに伸びていた時代です。本当に「世で苦難がある」のです。
そんな時に主イエスがお与えになったのが「しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている」という御言葉です。どんな苦難のときにも勇気を出すことができる。キリストが世に勝っているから。私にはそれはとてもできず、どんな力を出しても及ばず、努力や根性が尽き果てても、キリストはすでに世に勝っている。十字架にかけられた方が実はこの世の罪と悪と死の力に打ち勝っておられる。それは私たちにとっても全く同じです。キリストは私たちの戦いに先んじて赴かれ、勝利を収めておられるのです。
あなたがたに耳を傾ける者は、私に耳を傾け、あなたがたを拒む者は、私を拒むのである。(ルカ10:16)
今日の聖句:
主よ、たとえ私が苦難の中を歩んでも
あなたは私を救ってくださる。(詩編138:7)
(イエスの言葉)「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている。」(ヨハネ16:33)
キリスト教の人は弱い、と言われることがあります。慰めとか、神さまに頼るとか、そんなのは弱い人間が言うことだ、と。そうかもしれません。しかし、生きていれば努力や根性ではどうにもならないことが必ず起きます。
「あなたがたには世で苦難がある」と主イエスはおっしゃっています。これはヨハネによる福音書が伝えている言葉です。この福音書を書いた人、あるいは最初に読んだ人たちはどういう状況の中でこの言葉を伝え、また聴いたのか?この福音書は紀元90年頃に書かれたと考えられています。この時代、既にエルサレムの神殿はなくなっていました。ユダヤがローマに反逆し、戦争が起こり、逆に滅ぼされてしまった。彼らの信仰の拠り所であった神殿も崩壊し、社会生活はめちゃくちゃな状態でした。国民は死に、あるいは散り散りバラバラになっていました。そんな中、キリスト者たちは各地のユダヤ人コミュニティからキリスト信仰のゆえに迫害を受け、追い出され、ユダヤ社会から締め出されていました。それもあってローマ帝国による迫害も起こり、その手も彼らに伸びていた時代です。本当に「世で苦難がある」のです。
そんな時に主イエスがお与えになったのが「しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている」という御言葉です。どんな苦難のときにも勇気を出すことができる。キリストが世に勝っているから。私にはそれはとてもできず、どんな力を出しても及ばず、努力や根性が尽き果てても、キリストはすでに世に勝っている。十字架にかけられた方が実はこの世の罪と悪と死の力に打ち勝っておられる。それは私たちにとっても全く同じです。キリストは私たちの戦いに先んじて赴かれ、勝利を収めておられるのです。