主は常にあなたを導き
干上がった地でもあなたの渇きを癒やし
骨を強くされる。(イザヤ58:11)
私たちに日ごとの糧を今日お与えください。(マタイ6:11)
神さまは私たちの肉体にも強い関心をお持ちです。私たちに、日ごとの糧のために神に祈れと主イエスはお教えくださいました。干上がった地での渇きを癒やし、衰えやがて脆くなる骨を強くしてくださるのも、神さまがしてくださることだと聖書は言います。
私たちの心だけ、精神だけの世界で神さまを感じるとか、高尚な霊の次元で神さまに向かうとか、聖書はそのようなことを言わないのです。お腹が減り、喉が渇き、時には弱って衰えるこの肉体。病気にもなるし、年も取る。思い通りになかなかなってくれないこの肉体をもって神さまに関わる。それが私たちの信仰です。
ですから「私たちに日ごとの糧を今日お与えください」というのは本当に大切な祈りです。私たちの心も体も魂も全存在が神さまのものです、という告白です。この私を生かしてくださるのはあなたです、という信頼の告白です。今日も主イエスさまが教えてくださったとおりに祈りましょう。
そして、この祈りを必要としているのは「私」だけではありません。肉体を持って生きるすべてのものが神の命への助けを必要としています。「私たちに日ごとの糧を今日お与えください。」この祈りの「私たち」の広がりを真摯に受け止める。そこに私たちの愛が問われているのではないでしょうか。
干上がった地でもあなたの渇きを癒やし
骨を強くされる。(イザヤ58:11)
私たちに日ごとの糧を今日お与えください。(マタイ6:11)
神さまは私たちの肉体にも強い関心をお持ちです。私たちに、日ごとの糧のために神に祈れと主イエスはお教えくださいました。干上がった地での渇きを癒やし、衰えやがて脆くなる骨を強くしてくださるのも、神さまがしてくださることだと聖書は言います。
私たちの心だけ、精神だけの世界で神さまを感じるとか、高尚な霊の次元で神さまに向かうとか、聖書はそのようなことを言わないのです。お腹が減り、喉が渇き、時には弱って衰えるこの肉体。病気にもなるし、年も取る。思い通りになかなかなってくれないこの肉体をもって神さまに関わる。それが私たちの信仰です。
ですから「私たちに日ごとの糧を今日お与えください」というのは本当に大切な祈りです。私たちの心も体も魂も全存在が神さまのものです、という告白です。この私を生かしてくださるのはあなたです、という信頼の告白です。今日も主イエスさまが教えてくださったとおりに祈りましょう。
そして、この祈りを必要としているのは「私」だけではありません。肉体を持って生きるすべてのものが神の命への助けを必要としています。「私たちに日ごとの糧を今日お与えください。」この祈りの「私たち」の広がりを真摯に受け止める。そこに私たちの愛が問われているのではないでしょうか。