2026年6月29日月曜日

2026年6月29日の聖句

悪を憎み、善を愛し、町の門で公正を打ち立てよ。
あるいは、万軍の神である主が憐れんでくださることもあろう。(アモス5:15)
あなたがたは、不信者と、釣り合わない軛を共にしてはなりません。正義と不法とにどんな関わりがありますか。光と闇とにどんな交わりがありますか。(2コリント6:14)

軛、と書いてあります。農耕機具を二頭の家畜に引かせるために、機具のながえに軛を付けて家畜をつないで引かせる。軛でつながれた家畜は一緒に働くことになります。今日の新約では不信者と釣り合わない軛を共にしてはならない、と言っています。不法に生きる者、闇の中に潜む者と同じ軛につながれるような生き方をあなたたちはするな、ということでしょう。神の子らしく生きること、光の子らしく生きることを大切にせよ、という趣旨の言葉であると思います。
決して不信者を見下したり裁いたりすると言うことではなく、自分がどういう価値観を持ち、あるいは体現し、どう生きるのか、という問いであると思います。みんながやっているからとか、あの人に言われたら逆らえないからとか、空気にあらがえないからとか。そのようなことではなく、キリストのものとされたという事実でもって生き方を定める、ということではないでしょうか。
今日の旧約の御言葉は言っています。「悪を憎み、善を愛し、町の門で公正を打ち立てよ。」町の門というのは、現代で言うと行政や司法が行われる場所です。そこでは本来誰に対しても公平なことがなされ、正義が打ち立てられなくてはならない。しかし今も昔も、そういう権力が集中する場所では得てして不公平なことが行われてしまう。しかしそうではなく、あなたたちは悪を憎み、善を愛せよ、と言うのです。神を信じる者としてふさわしい社会生活を営め、というのです。
私たちは、今この社会をどのように形成するよう神さまに求められているのでしょうか?私たちが出会う人に、時には空気に抗ってでも公正と正義をもって共に生きるために、私たちは何を思い、何をしなければならないのでしょうか?

2026年6月29日の聖句

悪を憎み、善を愛し、町の門で公正を打ち立てよ。 あるいは、万軍の神である主が憐れんでくださることもあろう。(アモス5:15) あなたがたは、不信者と、釣り合わない軛を共にしてはなりません。正義と不法とにどんな関わりがありますか。光と闇とにどんな交わりがありますか。(2...