2025年12月9日火曜日

2025年12月9日の聖句

あなたが白髪になるまで、私は背負う。
私が造った。私が担おう。
私が背負って、救い出そう。(イザヤ46:4)
本当にやもめである人をやもめとして大事にしてあげなさい。(1テモテ5:3)

今日の旧約聖書の御言葉は、偶像礼拝について書かれている文脈に出てきます。「あなたがたは私を誰に似せ、誰と等しくしようとするのか。私を誰と比較し、似せようとするのか。」そして、金や銀で細工師に神を造らせて、それにひれ伏し、拝んでいる。そして「彼らはそれを肩に乗せ、背負っていき、しかるべき場所に据える。」つまり、人間が造り、背負って運び、それにひれ伏すのが偶像、ということになると思います。
ところがまことの神さまはそうではない。「あなたが白髪になるまで、私は背負う。私が造った。私が担おう。私が背負って、救い出そう。」神が私たちを造ってくださった。神が私たちを背負い、担ってくださる。人間が造ったものは神ではない。人間が背負うことができるようなものは神ではない。私たちは神さまの背に担って頂いて、生かされています。
そうであるからこそ、私たちはお互いの重荷を担い合い、共に生きるために愛をもって互いを尊重します。「本当にやもめである人をやもめとして大事にしてあげなさい。」神が私たちを背負ってくださっているのですから、私たちも互いを担い合うのです。

2026年10月24日の聖句

主はその聖なる腕を すべての国民の目の前に現されました。 地の果てのすべての者が、 私たちの神の救いを見る。(イザヤ52:10) あなたがたは、もはやよそ者でも寄留者でもなく、聖なる者たちと同じ民であり、神の家族の一員です。(エフェソ2:19) ほんの少し...