2026年8月14日金曜日

2026年8月14日の聖句

あなたは私に命と慈しみを授け
私を顧みて、私の霊を見守りました。(ヨブ記10:12)
彼は答えた。「イエスという方が、土をこねて私の目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです。」(ヨハネ9:11)

主なる神さまの恵みの御業は、ときに、とても奇妙なかたちを取ることがあります。主イエスさまは目の見えない人の目に泥を塗って、それを池で洗うようにおっしゃいました。かなり奇妙な命令です。どういう意味があるのか、命じられた時点では分かりません。しかしこの生まれつき目の見えなかった人は、意味の分からない奇妙な主イエスの言葉に従ったとき、思ってもみなかった癒やしの御業に与ることになったのです。
私たちが熱心に祈り神さまに求めたけれど思っていたのとは全然違うプロセスを強いられる、ということは少なくありません。むしろ願っていたとおりになることなんてほとんど無いのかもしれません。しかしそれは、私たちの目には奇妙に映る神さまの御業が既に始まっているということなのかもしれません。神さまのなさることは私たちには計り知れませんから、私たちには意味が分からなかったり、とても奇妙に見えたりすることが多い。しかし実はそこにも既に神の御業は進んでいる。私たちに大事なことは、自分の納得できる範囲に押しとどめることではなく、信じて従うことです。
あの生まれつき目の見えない人は、主イエスに言われたとおりにシロアムの池に行って目を洗ったとき、見えるようになりました。信じて、キリストの言葉に従うことこそが私たちに必要なことです。そうであるからこそ、神の言葉をしっかりと聞きましょう。そして、神の言葉に従いましょう。

2026年8月15日の聖句

さあ、ひれ伏し、身をかがめよう。 私たちを造られた方、主の前にひざまずこう。(詩編95:6) そして、イエスの足元にひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。(ルカ17:16) 主イエスがエルサレムに向かう旅をしておられた途上で、10人の皮膚の病にかかった人た...